母と手をつないでホームから改札へ出る階段を上っていると一番上まであと数段という位置から足だけが浮いてホームへと向かって歩いて行きました。段々と足より上の部分が見えるようになっていく光景はとても不気味でした。
ホームから線路への飛び降り自殺がとても多い駅での出来事です
まだ私が小学校に上がる前、母とその駅のホームで電車を降りて改札へ向かうために手をつないで階段を上っている時に不思議なものを見つけました。
階段の一番上より数段ほど下の位置に佇んでいる人がいたのです。ただの人であれば私もさほど気にしないでしょうけれどその時見たのは足首から先、スニーカーだけがあるという状態でした。最初は誰か忘れたのだろうと思い母に「あそこにくっく(靴)が落ちてるのー」と言っていました。
しかし母には見えていなかったようで「くっくならみんなが履いてるでしょー?」と言われました。子供だった私は母の言うことが正しいと思いすぐに興味を失いました。
しかし階段を上っていくごとに靴だけだったはずが
踝、脹脛、膝、腿と姿が見えるようになっていくのです。そして私たちが階段を三分の一ほど上りきるとその足は一歩階段を踏み出しホームの方へと降りたのです。
まるで私たちの歩調に合わせるように一歩、二歩、三歩と全く同じペースで動き、その度にほんの少しずつではありますが腿より上の部分が見えるようになってきました。
母は気にする様子もなく階段を上り、また周りの人も全く気にせず寧ろ下半身だけのそれとぶつかり合う人までいるほどでした。幼いながらにこれは私しか見えていないのだな、と感じ取り段々と母の手を握る力を強めていきました。
同じペースで方や上り、方や降っていたため胸の下ほどまで見えていた頃でしょうか、スニーカーにジーパンとTシャツを着ているそれとすれ違いました。
私はそれを見てしまわないように
必死に下を向き母の手を強く握り、足だけを動かしました。それは確かに一瞬立ち止まりました。しかしそれから三段ほど離れるとまたホームの方へとゆっくり降りていきました。
そこからは何もなかった安堵で現金な私は鼻歌を歌いながら階段を上りきりました。階段の先を少し進み、ホームが見えなくなる寸前にふとあれはどうなったのかと気になり振り返りました。すると鼻の頭まで見えるようになっていたその体がこちらを振り返っていておもむろに口を動かしたのです。
確実に声が届く距離ではないのに喉が潰れたようなしわがれた声で一言「よかったね」と聞こえました。何がよかったのか小さな頃の私ではとてもわかりませんでした。そのあとは安堵のためか寝てしまい、気が付いたら母に抱きかかえられて家についていました。
ふと中学生くらいになり
母にそんなことがあったんだよという話をするとあれが見えていなかったはずの母もその日のことを覚えていました。
なぜ覚えていたのかというとあの駅で乗り換えをして次の電車に乗った後、出てきたホームで人身事故があり次に乗った電車が1時間以上動かなかったからだと聞きました。
今にして思うとあの時言われたよかったねというのは顔が最後まで見ることがなくてよかったねだったのではないかと思います。