私は神の存在を認めない私が認めざるを得ない不思議な体験談

不思議な体験談

子授け祈願に、ある神社にお守りを買いに行くことに。その神社のお守りなどの売り場には80歳前後の老人がいました。初対面にも関わらず、的確なアドバイスをします。その事を友達に話しましたが、誰もその老人に会うことができなかったそうです。

我が家は子宝になかなかめぐまれず妻と子授け祈願にある神社に行くことにしました

境内に入るとなんとも言えない癒しのオーラを放つビーグル犬がいました。

私たち夫婦はビーグル犬の頭を撫でたりして「なんともかわいい子だね。」などと言いながら、お賽銭を入れて子授け祈願のお祈りをしました。すると先ほどのビーグル犬が後をついてきました。「俺らのこと気に入ったのか?」などと言いながら、歩いているとずっとついて来ました。

しかし、お守りなどを売っている所の近くになるとピタッと立ち止まり、引き返していきました。「あれ?どうしたのかな?」少し気になりましたが、売り場に入りました。

売り場には先客がいました。接客していたのは、80歳前後の老人でした。なんとも優しそうな人だなぁと印象を受けました。

妻とお守りを選び、何度も渡そうとしたのですが「少し待ってくださいね」と言われ、先にいた客と話し込んでなかなか買わせてもらえませんでした。せっかく来たのに買わずに出るわけにもいかず、なんと10分も待たされました。

ようやく「お待たせしました」と言われてお守りをてわたしたのですが、「今お茶を入れますね。」と言われました。「早く帰りたいのに」そう思いながら断らずにお茶をいただきました。

すると「ここに来る前にどこか他の神社に行かれませんでしたか?」と聞かれ、妻と顔を見合わせました。つい先日別の神社に行ったばかりでした。

そのことを話すと「そうでしたか。実はあなた方が入って来た時に、この方々の力になりなさいと言われましてね。」

と不思議なことを言い出しました。「誰にですか?」と聞き返すと、この神社に祀られている観音様です。あなた方が先日行かれたという神社はこの神社の観音様の妹に当たる観音様が祀られているのです。」と言うのです。神を信じない私は「何を言ってるんだ?」と思ってしまいました。

お茶を飲んで帰ろうと思ったのですが、お守りを包む紙を出して来て、「奥様。あなたの思い浮かぶ漢字を一字言ってください。」と言われ、妻が言った漢字を紙の中心に書きました。すると封筒の端から文字を書き始め、その漢字に繋げ、さらにその後も文章を書いてくれました。

そして何も言っていないのに、「大丈夫。心配ないですよ。絶対に子供はできます。でも、まだその時期ではありません。」と言われました。

実は妻は子宮の病気を患っており、医者から「子どもは難しい」と宣告されていました。「分かってないくせに」などと思って少し嫌な気持ちになって店をでました。

妻は泣いていました。「失礼なお爺さんだったね。」と言う私に「違うの。子供ができそうな気がする。あのお爺さん、何かが違うよ。」と言うのです。

そんなことがあったのを、同じように不妊に悩む友達に話したそうです。すると、その友達も時間や曜日を変えて何度も行ったそうですが会えなかったようです。「あれ?もう歳だし、辞めたのかな?」そう思いました。
その2ヶ月後、交通安全祈願にまた、その神社を訪れました。

そして売店にはいると、その老人がいました。さらに交通祈願なのに、また妻に思い浮かぶ漢字を一文字要求してきました。「え?前も書いてもらいましたけど?」妻がそう言うと「そうでしたか。

実はお告げで書くだけですので、全く覚えていないのです。でも、書いてあげなさいという観音様のお告げですので、書かせてください」と言われ、また書いていただきました。すると不思議なことを言うのです。

「もうすぐ子宝に恵まれると思いますよ。」と。「え?私たちのこと覚えてたんですか?」と私が聞くと「いえ、失礼ですが覚えていません。」と嘘臭いことを言われたのです。

しかし、そのたった1か月後に子供を授かりました。「あのお爺さんにお礼を言いに行きたい。」と妻が言うので、何度も足を運んだのですが、会うことができませんでした。

10回ほど会いに行った時だったと思うのですが、売店を出た妻が「あっ!」と大きな声を出しました。その売店の脇に、あの老人そっくりの仏像が置いてありました。

確かに今までなかったはずなのですが、新しい仏像というわけでもなく、気になって境内の人に聞いて回ったのですが誰一人その仏像の存在を知りませんでした。

「これは絶対、あのお爺さんだよ。」と言う妻に、神の存在を真っ向否定している私も頷かざるを得ませんでした。

それほどそっくりだったのです。
その出来事から7年が経過しました。

何度も足を運んでいますが、未だに会うことができていません。やはり、あの老人は神だったのだと本気で信じています。