私は当時、父と都内で二人暮らしをしていました。しかし、父の仕事の関係で、横浜方面に引越しをすることになりました。
まず、父がそこのアパートに決めた一番の要因は、駐車場が安いことでした。また勤め先のお得意さんの紹介という事もあり、別件見学もせずにそこのアパートを決めたそうです。
引越し当日、荷物も積み終え、私達は田園都市線などを使い、先に現地に到着しました。
これから住む新しいアパートの第一印象は、最悪でした。古い木造の2階建てのアパートです。間取りは2DK、駅からも近く、立地条件は悪くありませんでした、家の周りは畑やかなり背の伸びた雑草が生えており、良い意味で自然豊かな、落ち着いた場所ではあったんです。
問題はアパート周辺の雰囲気でした。その日は雲ひとつ無い快晴で引越し日和だったのですが、そのアパートは、濡れていたわけではないのですが、まるでさっきまで雨が降っていたかのように、どんよりしていて、空気が重かったのです。
「お父さん・・・」
私は意味ありげに、父に話しかけました。
「うん、わかっている」
どうやら父も同じものを感じたらしく、今更引き返すわけにもいかないので、そのまま部屋へと向かいました。
部屋は玄関を開けると5畳程のダイニング、その奥に6畳の和室が2部屋連なった縦長の部屋でした。
部屋に入りにまず気になったのが、水臭さです。配水管とかそういう匂いではなく、水の匂いがしました。父にそれを告げると、
「あぁ、それは台所にいる水子だよ。悪いものではないから、とりあえずこのまま居させてあげよう」
とこと。その日から、私と父と水子のの3人?生活が始まりました。その家に越してきてからというもの、不可解な現象は更に増えました。どうやら土地的なものが関係しているらしく、私達はとりあえず気にせず過ごすことにしました。
とある深夜のこと、私は外から聞こえる人の笑い声で目が覚めました。どうやら若い二人組みのようで、酔っているのか、上機嫌で歩いていました。
うちのアパートの裏(丁度私の部屋の窓の外)には小さな小道があり、二人はどうやらそこを歩いていたようです。
眠り直そうか、と目を瞑ったその時です。
「ドサッ!!」
と何かが倒れるような音がしました。その後、
「おい、大丈夫か?」
という声が聞こえ、私は片方の男性が酔い潰れて、道に倒れてしまったんだと思いました。
その後も懸命に起こそうとする男性の声が聞こえたのですが、私には関係ありませんし、やはり寝ることにしました。
しかし、中々寝付けずに、目を閉じたまま、しばらく起きていました。すると、
「行こうよ」
という男性の声が聞こえました。どうやら潰れてしまった友人に愛想を尽かしてしまったようでした。
「行こうよ」
「行こうよ」
ある程度の感覚で、男性は呼びかけていました。
「行こうよ」
「行こうよ」
何度か耳にしているうちに私は違和感を覚えました。なぜ、行こうよ、しか言わなくなったのか?と。
さっきまで、あれやこれや、色んな言葉を投げかけていたはずなのに、
「行こうよ」
「行こうよ」
「行こうよ」
次第に私は恐怖を覚えました。よくよく聞いていると、その声は、男性の声ではなく、女性ともとれない、不思議な声色に変わりました。
「行こうよ」
「行こうよ」
私は、必死に止むのを待ちました。すると、突然声が止んだんです。酔った人が目を覚ましたのか、と思いましたが、一瞬で私は気付きました。
音がしない・・・そう無音だったのです。その時の私には、何も聞こえませんでした。
深夜といえども多少なり、時計の秒針の音や、外の風が草木を揺らす音が聞こえるはず、ましてや倒れたときにおんなに大きな音がしたんだから、起き上がるときだってある程度の音がするはず・・・しかし、そこは無音の世界なのです。
父を起こそうとしましたが、自分が出した声すら、聞こえませんでした。
どうしよう・・・・と焦っていた私に、それは突然聞こえたんです。
「・・・ねぇ、一緒に行こうよ」
全身に鳥肌が立ちました。行こう、、行こう、と声を掛けられていたのは、酔った男性ではなく、私だったのです。
そして私が震えていると、いきなり、
「ピンポーン」
と、家のチャイムが鳴りました。
「ピンポーン」
「ピンポーン」
チャイムは次第に激しくなり、どうしていいかわかならくなったその時です。
突然父が起き上がり、私に近付いてきて、頭に手を置き、何かをボソボソ言いました。
すると、私の体は一気に自由になり、元の状態に戻りました。全身汗だらけでした。
「静かに、音を立てるなよ」
小さな声で父にそう耳打ちされ、しばらくしてチャイムは鳴り止みました。
私もやや冷静になり、辺りを警戒しましたが、何の気配もありませんでした。
電気を付けると、丁度深夜2時を周ったところ、あとで聞いたら父は寝たふりをしていて、気が付いていたそうです。
数日後、父の友人から私宛に、1つの数珠が送られてきました。
父はそれを肌身離さず付けている様に言いました。
理由を尋ねると、父から恐ろしい言葉を聞きました。
「あの夜、チャイムが鳴り終わった時にな、聞こえなかったか?
また、今度にするねって」