私の母校は某政令指定都市の中心に位置する小さなモルタル造の校舎でした。戦前からある古い建物で、アールデコ風の意匠や木製の壁、床などレトロなものが好きな私にとってはとても楽しく、かつ誇れる校舎でもありました。
小さな、といったのはもともとこの校舎は小学生のために建てられたもので
戦後に高等学校として使用された歴史に由来しています。さて、怪談にちかいうわさ話というのはどういったものであったのか、一言で申し上げると幽霊に近い者が旧校舎(さらに古い時代の校舎)の2階渡り廊下付近で目撃されているというものでした。
その1件のみではたいしたうわさにはならないのですが、多くの生徒が共通して持っている旧校舎への印象と一致して、総合的に鬼門のようなものとして扱われるに至ったのです。
つまりその旧校舎の渡り廊下自身が不気味な噂話や心霊スポットのようなものとしてあるなしにかかわらず長年にわたって恐ろしい場所であるという印象が教職員の間でさえ認識としてあったようです。
本来公立校であるこの学校では教職員の異動が多いはずなのですが古参の先生方というものが長らくこの学校に居座っているためこの学校の文化的土壌そのものを長らく共通して認識しているという奇妙な状況が続いていました。
そのような中で私の在学中にも旧校舎の怖い噂を聞きました。
夏の頃です。ある先生が下校時刻がとっくに過ぎた時間帯に旧校舎の巡回をしていた時のこと、先生が例の旧校舎の2階廊下を巡回していた時、上階段から生徒が一人かけて降りてきたようです。
先生は下校時刻を過ぎていることを注意して一瞥しただけで特に気にも留めなかったようなのですが後から考察してみると多くの点でそのような生徒の存在自身が疑わしいものである、つまりそこにいたとは証明できないではないか教職員の間で話されたそうです。
まず第一に下校時刻を過ぎた後、先生よりも前に事務員の方がすでに生徒が残っていないか確認済みであったこと、第二に旧校舎の2階廊下で階段から降りてくる生徒を目撃した点、旧校舎の2階の上に教室はないので生徒が降りてはこないということ、つまり理屈ではその生徒がいることなど証明できなかったのです。
2階の上は散らかった足の踏み場もないただの物置です。先生が見たものが何であったのかは未だに分からないそうです。これが初めてではないという点でこの話を聞いた私たちは恐ろしい思いをしたものです。
あとから考えてみれば幽霊が出やすい状況であったのは確かです、先生がいたのが逢魔時であったこと、旧校舎の立地点は戦時中に防空壕が掘られた位置の真上であったこと、今となっては噂話がどうなっているか確認のしようがありませんが、いまでも旧校舎の2階廊下の薄気味悪さと独特な空気は覚えています。