私の自宅の最寄り駅である京阪電車の橋本駅は、京阪本線の中では2番目に利用客が少ない駅です。それでも1日約6,000人が乗降するのですが、京阪沿線ではよほど寂しい駅だと思われているらしく、わざわざこの駅にやってくる自殺者が少なからず存在します。
私の父も、中年男性が橋本駅のホームから電車に飛び込むのを見てしまったそうです。
特急ではなく各駅停車だった分、損傷は少なかったようですが、それでも血まみれになった遺体を駅員や乗務員がホーム下の避難スペースに運び込むのを、他のお客さんと一緒に呆然と眺めていたらしいです。
橋本駅のすぐ大阪寄りには踏切があり、京都方面に出かけるときと大阪方面から帰るときには必ず渡らなければならないのですが、ここを最期の場所に選ぶ自殺者もいます。
ある初夏の日の日暮れ時、大阪方面から帰ってきた私の目に、踏切の近くの線路沿いに咲いているアジサイがふと飛び込んできました。
それまではそこにアジサイが植わっていることにさえ気づかなかったのですが、踏切を渡りながら何気なく眺めていると、不意に「ここで立ち止まって、ずっとあのアジサイを見ていたら、電車にはねられて死ぬなあ」という思いが空から私の脳に降りてきました。
次の瞬間、急に心臓に痛みが走り、しゃがみこみそうになりました。
私は胸を押さえて必死に痛みをこらえ、何とか踏切を渡り切りました。
すると心臓の痛みは嘘のように去り、無事に帰宅することができました。
それまで私は心霊現象のたぐいをほとんど信じたことがなかったのですが、これは踏切で自殺した死者の地縛霊がアジサイに宿っていたとしか考えられない現象でした。
以来、私はそのアジサイのある方向を見ないように細心の注意を払い、踏切を渡るようになりました。
それから数年後、仕事に疲れて帰ってきたときに思わずアジサイの方向を見て踏切を渡ってしまったのですが、枯れたのか切られたのか、すでにアジサイはなくなっていました。アジサイと遺書に、件の地縛霊も成仏して昇天したのだと願わずにはいられません。
ただ一方で、今でも橋本駅にやってくる自殺者は時々います。これは橋本駅に限った話ではないですが、鉄道への飛び込み自殺は列車の運休やそれに伴う振り替え輸送などにより、利用客はもちろん鉄道会社にも多大な迷惑をかけてしまいます。
場合によっては、鉄道会社から数百万円の賠償金が遺族に請求されることもあるので、絶対にやめましょう。
もちろん、人に迷惑をかけない自殺なら構わない、と言っているのではありません。私自身も長年パニック障害を患っていますが、何とか生きています。命はくれぐれも大切にして下さい。