深夜のキャンプ場で体験した身も凍るような怪異体験談

恐怖の心霊体験談

それは、今から四十年も前のこと。私は大学の友人と二人で、長野県と岐阜県にまたがる霊山、木曽御嶽山を目指して、高原の車道を延々と歩いていた。カネを節約するため、バスを使わなかったのだ。しかし真夏の日差しに暖められたアスファルト道路を、20キロはある荷物を背負い、重たい登山靴で歩き続けたら、さすがに二人ともくたびれ、腹を空かせてしまった。

「何か食べよう」

「この辺は蕎麦が美味いらしいぞ」
「あのお婆さんに訊いてみよう」
ちょうど近くにいたお婆さんに、この辺に蕎麦屋はないかと尋ねたら、
「うちはここで旅館やってるだが、食堂で蕎麦も出してるから、くれてやるよ」

そう言って、私たちを食堂に招き入れると、自分は奥に入っていった。少しすると、カタンカタンと言う音がし始めた。どうやら、今から蕎麦を打つらしい。腹がグーっと鳴った。

やがて、真っ黒くて太い蕎麦が、山盛りになって出てきた。美味しくて、私たちはあっという間に平らげてしまった。
「あんたたち、お山さ登るだか」
お婆さんは、そう質問してきた。

「今からじゃ、すぐに日が暮れっど」
「大丈夫。この先でキャンプする予定ですから」
「ああ、あすこか。でも、こんな時期だから、誰もいねえぞ。管理人もいねぇ」
「あれ、そうですか。弱ったな…良いんですかね、誰かに断らなくても」

「大丈夫だぁ。でもな、ムジナが出っかもしらんど」
「ムジナですか」
「んだ、化かされっかもしれんど」

「ハハハ、気をつけますよ。ご馳走さまでした」

キャンプ場は、そこから更に一時間ほど歩いた山の中腹にあった。ほんとうに誰もいなかった。太陽はすっかり傾き、真夏だと言うのに辺りは冷たい風が吹き、景色は荒涼としていた。
私たちはテントを張り、ランタンを灯し、大学での出来事などを夢中で話した。何時間経ったろう。

「明日は夜明け前に出発だ。もう寝ようや」
私たちが寝る支度を始めた、ちょうどその時だった。
「トントントン」
誰かが、テントを叩いた。
「ハイ、なんですか?」
返事がない。外に出てみたが、誰もいない。
「あれぇ、変だな。動物かな」
「ああ、ムジナかもな」
「あははは」
ちょっとすると、また
「トントン」
とテントを叩く。また出ると誰もいない。
なんとなく嫌な感じになってきたところに、またも
「トントン、トントン」
友人は、ほっとけほっとけと手を振る。じゃあ、そうするかと私もシュラフに潜り込んだ。

すると、その誰かというか何かは、テントの回りをゆっくりと歩き始めた。草を踏む音でそれと判るのだが、どうも二足歩行のように思える。
私は、テントを内側から叩いた。ムジナなら、びっくりして逃げると思ったのだ。だが外の何者かは、無視して…と、足が速まった。そいつは、テントの回りを走り始めたのだ。私たちは顔を見合わせた。血の気の引いた顔。

その速度はあっという間に上がり、足音もバーッと言うかゴーッと言うか、まるで風のようになった。これはもう人間ではない。人間のできることではない。だったら動物か?動物なのか?私たちはいつの間にか互いの腕を掴んでいた。
(ええい!くそ!)
私は思い切って、テントの外に飛び出した。
とたんに音が止んだ。辺りは夜の静寂。左右を見回すが、誰もいない。何もない。見上げた空には、気味が悪いほど沢山の星。何だここは?
「…おい…何だったんだ、今の…」
「…誰もいないのか」
「ああ、いない…」

翌日、通りかかった村の人にこの話をすると
「ハッハッハ、そりゃムジナだわ。奴ら人懐こいから、近づいてきたんだべ」
と一笑に付された。
しかし友人は顔をしかめ、
「あんなことできる動物が、いるわけがない」
とつぶやいた。私も、頷かざるをえなかった。