中学生の頃、同学年に貧乏な少年がいて、同級生からのいじめに遭っていました。私はただ傍観するより他なかったのですが、生活はどんどん荒んでいき、ついにはその子が学校に来なくなりました。そして、ある日、誰もが思いがけない出来事が起きたのです。
それは私が中学生の時のことでした。同級生のひとりに、生活に酷く困窮した家庭の男の子がいました。
いつも制服は垢じみていて、持ち物もぼろぼろ。噂によれば家の電気も止められているとのことでした。表立って彼をいじめる人はいませんでしたが、何となくクラスメイト全員が避けていたことは事実です。
時には彼が文房具をクラスメイトからくすねて平然と使っていることもありましたが、そんな時は何となく「貧乏だから仕方ないのかな」という空気になり、盗まれた子が泣き寝入りすることもしばしばでした。
それほど、男の子とは関わり合いになりたくなかったのです。
その男の子を取り巻く環境が変わったのは、クラス替えがあった中学2年生の時。隣のクラスになった彼を蔑むいじめグループが現れ、「貧乏野郎」「臭い」と露骨にいびるようになったのです。
せっかく新学期のために用意してもらったであろう新品の教科書もノートも、そのグループの子たちに悉く破られたそうです。とはいえ、クラスの違う私は噂を耳にするくらいで、彼がいじめに遭っているのを手をこまねいているしかできませんでした。
いじめがエスカレートするのに連れ、次第に彼の生活態度もすさんでいきました。ある時などは髪を金髪に染めて登校していき、校則違反の罰として生活指導の先生から丸刈りにされたほどでしたが、それでも彼はただヘラヘラと笑っていたそうです。
ある日、その彼がプツリと学校に来なくなりました。あまりにも休みが長いので、友人に、あの男の子はどうしたのかと聞くと、家族で夜逃げしたとのこと。
その時は「そうなんだ…」と思っただけでしたがその数日後驚くことが起こったんです。放課後、隣のクラスのいじめグループに所属する一人の子のノートが、まるで力任せに引き千切られたように破られて、机の上に投げ出されていたのです。しかも、ノートの表と裏表紙には、血塗られた手で掴んだような跡がべったりとノートに残っていて、机にも赤い血のようなものがはっきりついていました。
ノートの持主の子は、ただ怯えるばかり。結局犯人もわからずじまいで、ノートは捨てるしかありませんでした。ただ、机に残った汚れは、いくら拭いてもシミのように残って痣のように消えなかったそうです。
その事件以来、例のいじめグループは掌を返したように大人しくなりました。血染めのノートの現場を見た人たちも、その時の話を忌み嫌い、一切口に出さず、そのまま私たちの学年は中学校を卒業していきました。
その後、貧乏だった彼がどうしたのかはわかりません。親同士の噂では、一家心中したんじゃないかなんて物騒な話も出ています。
ただひとつ言えるのは、彼をいじめていたグループだけでなく、何となく「汚い」と思いながら遠巻きに眺めていた私たちのことも、きっと彼は許してはいなかったのだと思います。そう、ヘラヘラした顔で、彼は全て見透かしていたのです。
あれ以来、私は新しいノートを買うのが怖い。いつか血染めの手が、私の大切なノートをを破るような気がして…。