20年ほど前、熱海のホテルで泊まっていた時の話です。
当時はインターネットがまだ普及しておらず、パソコンやスマホをホテルに持ち込んで遊ぶような時代ではありませんでした。
旅行を楽しみ、食事を終え、温泉に入り、その日の夜は自分たちの仲間と一緒に麻雀で遊んでいました。
しばらく遊んでいると、窓の向こうに小学生くらいの兄妹が走り回っていたんです。
もちろん大人の仲間たちだけと旅行に来ているので、自分の部屋に子供などいるはずがありません。
その時私は、このホテルの部屋の構造上、隣の部屋のバルコニーと、自分の部屋のバルコニーとがつながっている作りなのだと考えました。
でもその時、私は当時行ったホテルはファミリー層なども多いので、子供がそのように遊んでいても、特におかしいことでもないし、実際に目に見えて遊んでいるのだからそういうものなのだな、と思っていました。
麻雀を終えて、煙草を吸おうと窓を開いた瞬間、バルコニーなどありませんでした。
普通に考えてみれば、そんなつくりのホテルなどあり得ないのですし、そもそも、出窓でもないのに、バルコニーがあるわけもありません。
私は仲間にここに兄妹が遊んでいなかったか?と一人ずつ聞いて回りましたが、仲間たちは口をそろえて、そんなものは見ていない、と言うだけでした。
その日の夜、私は恐怖心とともに眠ることにしました。
仲間たちと一緒にいるにもかかわらず、自分だけしか霊の兄妹が見えていなかったのですから、不安でたまりません。
案の定、しばらくすると時折、ドアノブがガチャガチャと音を立てて、誰かが入ろうとしている気配がありました。
私は、勇気を振り絞ってドアを開け、廊下を見てみるも、誰もいません。
なので私はベッドに戻り、また眠りにつこうとしました。
するとやはり、ガチャガチャとドアが鳴るのです。
私は誰かがいたずらをしているのだろうと、この時は考えていました。
もう一度ドアを開けると、自分たちの部屋の前で、うつむいた背の低い清掃のおばちゃんが右往左往していました。
うつむいているので相手の顔は見えません。
ただ、私はこのおばちゃんのせいで眠りにつけなかったわけですから、怒りをあらわにして言いました。
「あなたはこんなところで何をやっているんですか?私は全く寝れないじゃないですか?!」と。
するとおばちゃんは謝ることもせず、私に背を向けて一目散に走り去りました。
私はせめておばちゃんの名札だけでも見て、ホテルの支配人に文句を言ってやろうと思い、おばちゃんを追いかけました。
おかしなことに、背が低い、若くもないおばちゃんの足がとても速いのです。
私がどんなに加速して走ってもなぜか距離が縮まりません。
それどころか、常に一定距離を保っているのです。
おばちゃんは階段を上り、屋上の非常口まで駆け上りました。私も負けじと追いかけました。
屋上の非常ドアは通常カギがかかっているはずですので、私はおばちゃんを追い詰められた!と思いました。
しかし、おばちゃんは非常口のドアを開けることもせず、なんと体ごとドアをすり抜けたのです。
そしておばちゃんはドア越しに振り向き、私は非常ドアの窓からおばちゃんが顔を見ました。
それはその顔はこの世のものとは思えない、下あごに牙をはやした、そしてぎょろりとした目を持った、般若のような、鬼のような形相でした。
その後、おばちゃんは私に背を向けると、スーッと消えていきました。