父の実の母は、父が10歳の時に病気で亡くなったそうです。同居していた祖母、私がおばあちゃんと呼んでいた人は祖父の後妻さんで、父の継母にあたる人でした。ある年のお盆に会ったことのない、遠い昔に亡くなった私の本当のおばあちゃんが会いにきてくれた話です。
その夏はとても暑い夏でした。私は高校2年生で夏休みの最中でした
連日熱帯夜がつづき、家族全員みんないらいらしていたように思います。その朝も、祖母と母がかるく言い争いしているようでした。
お盆の最終日にあたるこの日、お迎えしたご先祖様をあの世にお返しするために、動物をかたどった野菜とお赤飯を用意するよう、祖母が母に言ったらしく、会社勤めの母には、煩わしかったのでしょう。出かける間際までぶつぶつ文句を言っていました。
両親や祖母も出かけていき、家には私一人でした。これといって用事もなく、することもなかった私は、ソファの上に横になり、たいして興味もない高校野球を見ていました。
連日の寝不足のせいもあったのでしょう。そのうちウトウトし始めたのだと思います。
野球の観戦の音が遠くに聞こえ、脳が勝手な思考を繰り返します。前日までの猛暑がうそのように、さわやかな日で風がとっても心地よく私をつつみました。
その時です。誰かがすう~っと私の枕元に立ったのです。ソファの上に身を横たえ、テレビのほうを向いているはずの私に、肘掛の向こうにたった人が見えるわけはありません。
でも、その人が地味な色合いの和服に身をつつみ、白髪の髪をきっちりと後ろで纏めてるのがわかりました。
半分寝ている状態なのを意識はしていて、枕元に立った人が見えるわけがないことはわかっていましたが、不思議と恐怖感はありませんでした。真昼の出来事だったからかもしれません。
やがてその人は、私の頬をなで始めました。やわらかくて暖かな手のひらで私の頬をなで、細い指で髪の毛をやさしく梳いてくれます。
それは、何だかとっても気持ちがよくて、懐かしい感じのする感覚でした。ずう~っとそうしていてて欲しいと思ってしまうような、それまでで感じたことのない安らぎを感じたのです。
どのくらいの時間そうしていたのかわかりません
そうしながら、その人は私の顔を覗き込んでいるようでした。
やがて、その人はそっと手を離し、静かに後ろを向きました。行かないで・・・私をそう言おうとしたように思います。でもその人はそのまま、歩くというよりは全体にすう~~っと小さくなるように仏壇に吸い込まれて行きました。
ソファの横には普段は使ってない和室があり、いつもは扉をしめているお仏壇が、お盆のこの時期は開け放たれてありました。
はっと目覚めた私の頬には、その人に優しくなでられた感触がまだはっきりと残っていました。不思議な感じはもちろんあったけれど、霊体験をしたというようなおどろおどろしい感覚はまるでありませんでした。
夕方仕事から帰ってきた母にその体験を話しました。その時でした、私がはじめて父の本当のお母さんはずっと昔に亡くなっていたことを知ったのは。
両親はわざわざ私に話すことでもないと、あえて言っていなかったそうです。父に聞くと、やはり父の中のお母さんもいつもキチンと和服を着て、白髪をきっちりと後ろでまとめていたそうです。
朝に先祖のお送りの準備をするように言われた母は、面倒でそんなことやりたくないと思ってしまった事を後悔したそうです。
きっとずっと昔に亡くなった私の本当のおばあちゃんが、私を愛おしく思って出てきてくれたのに、失礼なことを思ってしまったと反省したのでしょう。
同居していた祖母も今は鬼籍にはいり、我が家のお仏壇にはたくさんのご先祖様のご位牌があります。
母はその後定年を迎え、今ではすっかり年をとりましたが、どんなに体が大変でも、お盆にはお迎えの明かりをたき、動物の野菜とお赤飯を川に流してあの世にお送りする、ことだけは毎年欠かしたことがありません。
きっと母が亡き後は私もそうするのでしょう。私の母やご先祖様が、私の子供たちをいつまでも見守ってくれるように・・・